中学3年生の秋、学区で一番偏差値の高い長田高校の受験をするつもりでした。
教師と保護者の三者面談
教師から「長田高校は頑張らないと受からないかもしれない」の一言で不安になり、受験する学校を学区で2番目の高校に変更してしまいました。
高校では、友達に誘われるまま経験のない柔道部に入りましたが、練習が嫌になり、2年生の途中で退部。
当時流行っていたドラマで見た建築士にあこがれて、大学受験では建築学科を希望していましたが、センター試験の結果、希望していた大学の建築学科はC判定。
建築学科の受験をあきらめて、なぜか一回り偏差値の低い土木工学科を受験。
当初は、1年浪人して、建築学科を目指すつもりでしたが、土木工学科の合格通知を見て気が変わり、浪人せず、そのまま土木工学科へ入学してしまいました。
大学の授業に興味が持てないうえに、ひとり暮らしで生活リズムが乱れて、授業をさぼりがちになった結果、2回留年、結局大学も中退してしまいました。
しばらく実家でニートのような生活を送っていましたが、実家から逃げたい一心で、就職したのが、高松に本社がある古本屋さんでした。
古本に興味があったわけではなく、就職した理由は、入社祝い金20万円が支給されるから。
古本屋には8年ほど勤めましたが、業績が厳しくなって来たのを感じて、逃げるように会社を辞めてしまいました。
転職した会社は、入社から半年後に業績悪化でリストラされ、さらに転職したのが広告を扱うJR四国の関連会社でしたが、ここも広告に興味があったわけではなく、職業紹介所が見つけてきたから、と言う理由。
そこは、労働環境の良い会社で、淡々と日々の仕事をこなす毎日が始まりました。
9時に出勤して、18時に退勤、土日は休み、淡々と淡々と・・・
労働者に優しい会社で、毎年少しづつ昇給もする、退職金も少しはでる。
決められたことをこなす日々、淡々と淡々と・・・
気付くと転職してから10年が経ち、わたしは40歳になっていました。
このままで良いのか。
自分の人生は、このままで良いのか。
逃げ続けた人生で、辿り着いた、逃げなくても何とかなる環境。
このまま、淡々と歳を取り、淡々と老いていく。
このままで良いのか。
たまたま入った本屋で、人生を変える本に出会いました。
栗原康介著「この男、司法書士」
本には、司法書士試験に合格することで、うだつの上がらない人生を変えよう。
僕にもできたんだから、誰でもできるとあり、司法書士試験に合格する為の勉強方法まで書いてありました。
自分を変えるのはこれしかない。
司法書士になって、自分の事務所を持ちたい。
わたしはチャレンジすることを決意したのです。
(つづく)